【京都・信長史跡巡り】織田信長の足跡を辿る!本能寺の変から妙覚寺・建勲神社まで

戦国時代

【京都・信長史跡巡り】織田信長の足跡を辿る!本能寺の変から妙覚寺・建勲神社まで

みなさん、こんにちは!京都の歴史とロマンをお届けするウェブガイドです。

戦国時代、天下統一へと突き進んだ風雲児・織田信長(おだのぶなが)。1568年に上洛を果たして以来、京都は信長にとって天下布武の拠点であり、最期の舞台となった場所でもありました。

今回は、信長の足跡や「本能寺の変」の真実を辿る「織田信長ゆかりの地巡りガイド」をご紹介します!

1. 天下人が倒れた最期の地「本能寺(ほんのうじ)」

1582年6月2日、明智光秀の謀反によって信長が命を落とした「本能寺の変」。現在の本能寺は豊臣秀吉によって寺町御池に移転されましたが、境内には「信長公廟」や信長ゆかりの宝物を展示する大宝殿があります。

【必見】当時の本能寺があった場所「本能寺跡(古本能寺)」

実際の「本能寺の変」の舞台は、現在の本能寺から南西へ約1.5km離れた中京区油小路蛸薬師周辺です。現在は住宅街の中に石碑がひっそりと佇み、歴史の大きな転換点を感じさせます。

📍 本能寺(現在の寺町御池) アクセス&エリアマップ

2. 定宿として愛したもうひとつの滞在地「妙覚寺(みょうかくじ)」

信長が京都に滞在する際、実は本能寺よりも多く常宿として利用していたのが上京区にある妙覚寺です(通算20回以上滞在)。

本能寺の変の際、信長の嫡男・織田信忠もこの妙覚寺に滞在していました。静寂に包まれた「塔頭の庭」や歴史の深さをじっくり感じられる穴場スポットです。

📍 妙覚寺 アクセス&エリアマップ

3. 信長を祀る神社と開運ご利益「建勲神社(たけおさみじんじゃ)」

船岡山山頂に鎮座する建勲神社(通称:けんくんじんじゃ)は、明治時代に明治天皇によって創建された、織田信長を主祭神として祀る神社です。

「大願成就」や「開運」のご利益で知られ、信長愛用の刀「薬研藤四郎(やげんとうしろう)」や「宗三左文字(そうざさもんじ)」ゆかりの地として、現代の刀剣ファン・歴史ファンにも大人気です。境内の高台からは比叡山や京都市内を一望できます。

📍 建勲神社 アクセス&エリアマップ

4. 信長史跡巡りを楽しむためのポイント

💡 初心者向け散策アドバイス

  • 本能寺跡と現在の本能寺の違い:「本能寺跡」の石碑は中京区小川通蛸薬師付近にあります。現在の「大本山本能寺」とは場所が異なりますのでご注意ください。
  • 阿弥陀寺(出町柳エリア)にも足を伸ばそう:上京区の阿弥陀寺には、変の直後に玉縄住職が信長・信忠親子の遺骨を持ち帰って葬ったとされる信長公の墓所(阿弥陀寺本堂)があります。

5. まとめ

戦国の世を疾風怒濤のごとく駆け抜けた織田信長。京の街には、天下統一への野望と儚い最期の足跡が今も深く刻まれています。

次回の京都旅では、天下人・信長の情熱を感じる史跡巡りを楽しんでみてはいかがでしょうか?

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